2000.12.17

IIIf

JUNさん


ぼくのライカとの初めての出会いは数年前、まだ名古屋でサラリーマンをしていた時でした。(2000年12月現在はケルンの音大生。)

いきなり、話が横道に逸れてしまいますが(IIIfの話だけ読みたい方は飛ばしてください)初めて自分でカメラを買ったのは小学校5年生の時。少年マンガ雑誌に通信販売の広告がよくありますね、そこに「スパイカメラセット」というものが出ていたのです。値段はすでに忘れてしまいましたが、小学5年生のお年玉で買える金額でした。
「スパイ」!なんともカッコイイ響きを持つ単語ではありませんか!当時は「スパイメモ」(水につけると溶けてしまうメモ)等スパイと名が付くものが駄菓子屋で人気商品でした。通信販売でしか買えない「スパイカメラセット」は小学生のぼくの所有欲を刺激するに十分な魅力を持っていました。
ところで「セット」って何が「セット」なの?と思うでしょう?なんと、自分でフィルムの現像が出来るのです。スパイであるからには、間違っても町の写真屋さんにフィルムを現像に出したりはしないのです。まさにスパイが持つにふさわしい「セット」ではありませんか!(笑)スパイカメラを持ったぼくはまさにスパイそのものでした。密かに自宅前の電信柱を撮ったり(笑)、密かに自分の部屋を撮ったり(爆)。現像も家族のみんながいない時を見計らって密かに行いました。しかも驚くべきことにちゃんと現像が出来たのです。(今思うとこれはスゴイ!)
しかし、ここで問題が起こりました。小学5年生のぼくにはイギリス情報局やCIAの後ろ盾が無いためにそのネガをプリント出来なかったです。スパイカメラで撮ったからには、「秘密の電信柱の写真」も「秘密の自分の部屋の写真」も町の写真屋さんに出すわけにはいかないのです!そんなわけで、スパイは廃業してスパイカメラセットは2度と使われることはありませんでした。

時代は流れて高校3年の時、後輩がEOS650を売りたがっていて、先輩であるぼくになら安く譲ると言ってきました。当時は写真には全く興味がなかったのですが、「カメラの一台、あってもいいかな」と思い、なんとなく買ってしまいました。そして、写真が「なんとなくの趣味」となったのです。
「なんとなくの趣味」といっても、やっぱりきれいに撮りたい!そんな時ぼくの前に現れたのはコンタックス&ツァイスでした。大学にも入ってオートバイの免許も取り、あちこちをバイクで旅したときに自分が見た物や景色を美しく残す為にはツァイスしかないと思ったのです。
バイクの旅とバイトに明け暮れていたので、少しがんばればコンタックスRXを買うことができました。それ以来、RXはいつも旅のお供としてぼくと一緒に日本中を写してくれました。しかし、基本的に野宿の旅にはハードな使用に耐えられるカメラが必要です。そこでやって来たのはニコンF3-Pでした。このプレス特別仕様のカメラは自分の使い方にうってつけ!と思ったのです。メカメカしいものが好きなのでnewFM2まで買ってしまいました。ところが…、ニッコールレンズの絵がキライなのです。何で?と言われると困るのですが、とにかくだめだったのです。(あくまで当時のぼくの好みと技術不足の問題です、F3もnewFM2も留学資金に消えてしまいましたが今ではもう一度欲しいと思っています) RXは良いのですが、やはり一眼レフはかさばります。しかもぼくはなぜか一眼レフを構えると変に気負ってしまうのです。

さて、やっとIIIfが登場します。
大学も卒業をしてサラリーマンになったぼくはオートバイからも写真からも少し遠ざかっていました。ただし、毎朝夕の通勤時にある中古カメラ店の前を通るのです。毎日、ライカやその他のクラッシックカメラたちの前を通っているうちに元来メカっぽいものが好きなのでやはり気になってきてしまうものです。
で、その日は突然やって来ました。
名古屋の栄(さかえ)という所で友人と待ち合わせをしていたのですが、早く着きすぎてしまったので近くの中古カメラ店に時間をつぶすことにしました、きっと毎朝夕にクラカメのことが意識にすり込まれていたのでしょう。なぜかライカのショーケースの前に立っていました。
「見るだけならライカもタダ」。今思うと危険な思想です(笑)、大抵は「見るだけ」で済むわけが無いのですから…。この時も早速店員に声を掛けられました。
なにしろその時のぼくはライカのそれぞれの名前どころかM型とバルナック型があることすら知らないのです、ぼくの知識としてあるのは「ライカはライカ」だけ、ライカを見せて貰っても大恥をかくに決まっています。なのに…、店員さんはいつの間にかM3とIIIfを出しているではないですか。
「ハイッ、見るだけならタダですよ〜」などと店員さんも言っているし…。どうやらあまりに思いもよらない急な展開に気が動転して「見るだけならタダ。見るだけならタダ。見るだけなら…。」とつぶやいていたらしいのです。(恥かしすぎる!)
で、M3のファインダーを覗きました。まさに、ライカショック!1954年のフォトキナの衝撃を遅ればせながら体験させて頂きました。距離計連動の仕組みも感動的でした、が、値段も衝撃的でした。「これは自分には高すぎて買えない」と店員さん言うと、最初に出してきたIIIf(たしかセルフ付き)も引っ込めて、セルフ無しの少しキズありのIIIfを出してくれました。(ライカ超初心者ってばれてますね)
それにしてもIIIfの姿って美しいですよね、値段のこともあってM3は当然ムリなのですが、この時、ぼくはすっかりIIIfに魅せられてしまいました。総金属のボディ、しかもコンパクトでその中にしっかりと機能的なメカが詰まっている適度な重さがある。シャッターも静かでショックも少なくって…。この時もしも十分にお金持っていてもきっとM3ではなくてやっぱりIIIfを買っていたでしょう。
「なんとかしてこのIIIfを買えないものか?」頭のなかでぐるぐる計算を始めました。「…そうだ!RXを売ってしまえ!」なんとも非情な思いつきです。とはいえ、ここでIIIfを買わなかったら二度と自分はIIIfを買わないような気がしてならなかったのです。その事を店員さんに告げると、「いいですよ、明日そのカメラを持ってきてください、IIIfは明日までとっておきます」と言われました。
翌日、コンタックスRXと50、35、25ミリのレンズたちはカメラ店に引き取られ、IIIfとズマロン35ミリが我が家にやって来たのでした。

ライカを初めて間近に見て、初めて触ったその日にライカを買う決意をしてしまった…、普通は色々と人から聞いたり自分で調べたりしてから買うものなのかもしれませんが、ぼくの場合はいきなり買ってしまいました。親切な店員さんは初歩的な事から分りやすく説明してくれて、練習用フィルムでフィルム装填や巻き戻しの仕方まで教えてくれました。
今ではそんなに難しい事ではないのですが、あのときはフィルムを入れるだけの事でも、大事な儀式をしているように思えてドキドキしながらフィルムを入れていたものです。

その一週間後、名古屋で中古カメラ市が開かれて(会社を仮病で早退して行きました。ごめんなさい。)めでたくエルマー50ミリf3.5をお値打ちに手に入れて、露出はフィルムの箱に書いてある目安を参考にして試し撮り。出来上がったプリントを見て本当に感動しました。こういう写真が撮れるカメラが欲しかったのです。ビギナーズラックでたまたまうまく撮れたのかもしれません、でも今まで撮れなかった写真がライカで初めて撮れたのです。このことはぼくにとって非常に大きな意味があります。これがよく言われる「ライカのレンズの味」というものなのか、それともIIIfというカメラを使うことによって生まれる自分の「撮影する気分」が他のカメラとは違うために生まれるものなのかは分りませんが、結局のところ「ぼくにはライカがいいらしい」という事だけははっきりと分りました。

あの日、やっぱりIIIfを買っていて良かったんだな、と当時のことを思い出しながら書いている今、改めて思うのです。


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